写真 ✕ 解除
2026.07.12(日)

SNS疲れ

やっぱり自分にはSNSという場はあってない気がする。 なんか投稿すると疲れる…どうしたらいいことやら

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2026.06.28(日)

6.28

今日はあじさいの写真を撮りに行った。 帰ってきたからはずっとYouTube見てたけど精神的には安定していた。 このまま続いてくれ

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2026.06.23(火)

縦写真

基本、カメラのフォーマットは横だから横で撮ってしまう。スマホでも横で撮るからリールとかにあげる縦動画が撮れない。 無意識的に撮れない

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2026.06.20(土)

写真は何かを消す

昨晩の夕焼けが綺麗だった 赤く染まる月山と天上に広がる青い空 世界は何もしなくてもこんなにも美しいのだと教えてくれた気がする その一方で写真を撮ると目で見た色と何かが違う それはカメラの性能があるのかもしれないがこの写真を撮った時、目で見た感動を再現できていないと感じた 写真は現実の風景を写真という媒体で出力するもの、それは写実と言うよりも実際には再現に近いのかもしれない その日その場の微細な色の変化や写真には写らない鳥の声、風の匂い、そういったものを含めて感動したのだと思う 残念ながら写真にはそういった情報は一切残らない。というか残せない。写真はその場の風景を色と形だけ再現することしか出来ない そういった意味では、写真を撮るとなにか大切なものが失われてしまう気がしている 目に写った感動を100%再現するには写真を撮らないことが一番の記憶になり、それが感動になるのかもしれない

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2026.06.18(木)

(いいね)と感動の話

最近、旅系のTikTokを見るのが好きで見ているのだけれど、たまに絶景写真やいかにも観光地的な場所で撮られたと思う映像が出てくる まんまとアルゴリズムに引っかかりまんまと(いいね)を押すのだけれど、(いいね)を押した瞬間の自分を客観視して思ったことがある それは絶景的で開放的なコンテンツに(いいね)をする時、自分の脳内では何も考えていないということ (すごい綺麗!これは残したい!とかいいねしたい!)とかの感情は一切なかった(私の場合は)特になんの感情もなく気づいたら押していた 開放的で誰が見ても綺麗と思うようなコンテンツに(いいね)する時は無感情でも脳の構造的にいいと思ってしまうのだろうと思った 基本、いつも本当にいいと思ったものはブックマークするなりするのだが、それは 感動→ブックマーク みたいな構造だ けれど、今回に関してはとても素敵なコンテンツだったが、正直心の底から感動したわけでもない なのにいいねを押してしまった たぶん、バズるというのはそういう構造なんだと思う。感動とかを認知する前に脳に訴えかけていいねを押す 初めて理解した気がする

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